修身教授録 珠玉の名言・格言21選

書籍の名言

1

私は真の人生の出発は、『志を立てる』ことによって始まると考える

森信三「修身教授録」

2.

真に偉大な人というものは、つねに自分もまた人生の苦悩の大海の裡に浮沈している、凡夫人の一人にすぎないという自覚に立っているのです。

森信三「修身教授録」

3.

ローソクは火点けられて初めて光を放つ。同様に人間もまた志を立てて初めて真価が現れる。志が立っていない人間は如何に才能があろうとも、結局は酔生夢死の人生を送ってしまうのだ

森信三「修身教授録」

4.

一生を真に充実して生きる道は、結局今日という一日を、真に充実して生きる外ないでしょう。実際一日が一生の縮図です。

森信三「修身教授録」

5.

何よりもまず自分の仕事を果たす。そしてその上でなおゆとりがあったら、そこで初めて本を読む。これ実に人生の至楽

森信三「修身教授録」

6.

人が自分を内省して、少しでも自分の真実の姿を求めるようになるには、まず道を知るということと、次には苦労するという、この二つのことが大切だと思うのです。

森信三「修身教授録」

7.

この世の中というものは、お互いに持ちつもたれつの相対的な世界であります。それ故この肉体の存する間は、純粋に人様のお役に立つということはできがたい。この世を去った後の置土産になって、初めて純粋に人々のご用に立つと言い得るかと思うのであります。

森信三「修身教授録」

8.

自己の道は、自己においては唯一必至かつ絶大なれど、他人より見れば、one of them たるに過ぎず。而してこれを知るを真の自覚とはいうなり。

森信三「修身教授録」

9.

大小無量の円において、その半径は異なれども、円心は、その円心たるにおいて皆一なり。人もまた自我を消尽し去る時、互いに相通ずるの趣に至るを得む。

森信三「修身教授録」

10.

尊敬するということは、ただ懐手で眺めているのではなくて、自分の全力を挙げて相手の人に迫っていくことです。息もつけないような精神の内面的緊張。薄紙一重もその間に入れないところまで迫っていく態度です。

森信三「修身教授録」

11.

人間が嘘をつくというのは、生命力が弱いからでしょう。勤勉でないというのも、生命力の弱さからです。また人を愛することができないというのも、結局は生命力の弱さからです。怒るというのは、もちろん自分を制することのできない弱さからです。

自己を制することができないというのも、畢竟するに生命力の弱さからです。

森信三「修身教授録」

12.

自分の位置を人と比較せぬがよし。一切の悩みは比較より生ず。比較を絶したる世界へ躍入する時、人は初めて卓立して、所謂、天上天下唯我独尊の極地となる。

森信三「修身教授録」

13.

百人中九十七、八人までが投げ出すとき、ただ一人、粘りにねばりぬく力こそ、ついに最後の勝利を占める

森信三「修身教授録」

14.

真に人を教えるというには、自ら自己の欠点を除き得た人、あるいはむしろ常にわが欠点を除去しようと努力しつつある人に対して、初めてできること

森信三「修身教授録」

15.

ある意味では常に逆境に処する心の準備をしていなくてはいけないのです。もう一つ突っ込んで言えば、人間は毎日逆境に処する際の心構えをしていなくてはいけない

森信三「修身教授録」

16.

もし諸君らにして、真に意義ある人生を送ろうとするなら、人並みの生き方をしているだけではいけないでしょう。それには、少なくとも人の一倍半は働いて、しかも報酬は、普通の人の二割減くらいでも満足しようという基準を打ち立てることです。

実際人間の偉さというものは、ある意味では働くこと多くして、しかもその受けるところが少ない所から生れてくるとも言えましょう。

森信三「修身教授録」

17.

真面目ということの真の意味は、自分の「真の面目」を発揮するということなんです。

常に自己の力のありったけを出して、もうひと伸し、もうひと伸しと努力を積み上げていくんです。そこで真面目とは、その努力において、常に「百二十点主義」に立つということです

森信三「修身教授録」

18.

一人の生きた人格を尊敬して、自己を磨いていこうとし始めた時、その態度を「敬」という

森信三「修身教授録」

19.

バケツに汚い水を入れたままでは、決して新しい水は入らない。古い水を捨て去って、初めてそこに新たな水を満たすことができるのです。尊敬の念を持たないという人は、小さな貧弱な自分を、現状のままに化石化する人間です。

森信三「修身教授録」

20.

今諸君らにとって何よりも大事なことは、真に自己をつくるものは、一個の人格にまで築き上げていくのは、自己以外にはないということを、深く認識し決心するということでしょう。

森信三「修身教授録」

21.

真の修行とは、つねに限りなく求めることの外ないのです。すなわち自己に与えられた生命の限りを、どこまでも生かそうとすることです。

森信三「修身教授録」

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